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2017/06/29 (Thu) 17:50
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2015/10/06 (Tue) 23:39
電電公社コンクリートタワーシリーズのひとつ。東札ルートの無線局として昭和53年に完成しました。現在は携帯電話の基地局として活用されています。
 

形状は円筒形で塗装もコンクリートの素地に似せてあり、周囲にうまいことマッチングしています。
隣接している無線局も樽前無線中継所に合わせてコンクリートタワーです。所有者は樽前山に向けてITVを設置していることから北海道開発局(国土交通省)ではないかと思われます。
撮影:2014年9月

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2015/10/04 (Sun) 16:36
<2011年9月20日・新規>
<2015年10月4日・リニューアル>
昭和56年5月、ルート改良・回線増強に伴い新設。城岱無線局の新設により従来の函館山-363高地反射板-測量山から、函館山-城岱-室蘭(測量山から名称変更)にルート変更され、全幹線系の960ch化が完了しました。

当初は横津岳に設置する予定でしたが他の無線局と競合することから城岱牧場に変更しました。
 

2005年頃の廃止後すぐに取り壊されたと思われ、その跡にはNHKの無線局が建っています。
 
 

北海道開発局(国土交通省)の無線局ですが検索していると元々はNTTのものだったようです。ステージを取るとガラリと印象が変わるんですね~。
 
撮影:2012年9月

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2015/08/21 (Fri) 02:10
8月20日投稿分の手稲無線局で全幹線系の紹介が終わりました。
2010年5月の大阪から始まったこのシリーズもいつの間にか5年が経ちました。思えば遠くまで来たもんだ。
今後は北海道が舞台の中心となります。わずかになりましたが今後もよろしくお願いします。

東門第一ルート・東京~大阪
 
東門第一ルート・東京~門司

東札第一ルート・東京~仙台(国見)

東札第一ルート・仙台(国見)~青森

東札第一ルート・青森~札幌
  
東門・東札第二ルート・東京~直江津

東門第二ルート・直江津~粟鹿

東門第二ルート・粟鹿~門司

東札第二ルート・直江津~秋田(金照寺)
 



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2015/08/20 (Thu) 01:08
札幌から西約12kmに位置する手稲山にかつてありました。
早来-札幌は函札マイクロ開通時から札幌から西約5kmに位置する三角山に反射板を建てて構成していましたが、周辺の開発が進んだことで伝播路支障の恐れが出てきました。
昭和58年11月、手稲山に無線局を新設して早来-三角山反射板-札幌から早来-手稲-札幌にルート改良されて反射板を使用しないルートとなり回線品質が向上、容量も60chから960chに増強されました。同時に旭川向けのルートも札幌-西岩見沢から手稲-西岩見沢に変更されました。

テイネハイランドから登山開始、早速北海道の洗礼を浴びました。
 

雨は降りませんでしたがあいにくな天気。

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2015/08/08 (Sat) 11:53
<2010年8月25日・新規>
<2010年8月8日・写真入れ替え>
昭和47年4月、東京-国立PCMの大宮回りの無線局として新設。大宮回りのルートは武蔵野線の回線も収容していました。
国鉄の分割・民営化が差し迫った昭和61年に東門・東札第二ルートの東京-東京タワー-登谷を廃止、大宮-登谷を新設、東京-大宮は有線で回線構成しました。これが国鉄最後のルート改廃となりました。
車内から確認したところ、鉄塔直下にある局舎には「日本国有鉄道 大宮無線中継所」の銘板が残っていました。
撮影:2014年4月

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2015/08/06 (Thu) 01:31
<2010年11月17日・新規>
<2015年8月6日・写真入れ替え>
蟹田から車で走ること約20分、平舘石崎に到着。目的のブツが見えてきました。
電電公社の無線中継所として1978年に建設、テレビジョン中継回線・電話回線に利用されてきましたが2000年代に光ファイバーに切り替えられ無線中継所としての役目を終えました。

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2015/07/28 (Tue) 22:05
<2015年4月5日・新規>
<2015年7月28日・米山反射板の転用を追加>
昭和37年10月の東京-新潟開通時は直江津から米山反射板を介して長岡に繋がっていたが、米山反射板が冬になると積雪が伝搬路を支障する、又は反射板自体が雪に埋もれるという事象が頻発した為、回線品質・稼働率及び作業員の安全確保から、昭和52年10月に小村峠から南に位置する439mピークに無線局を新設、米山反射板は廃止された。
川崎の図書館で偶然見つけた「建設省マイクロ回線(本省回線)20年のあゆみ」によると、昭和52年にルート改良で不要になった米山反射板を譲り受けて改修の上、直江津-柏崎の反射板に転用したという記述が残っている。建設省の反射板として転用された後も積雪で伝搬路が支障する・反射板自体が埋もれるという悪い癖は直らなかったみたいで、昭和56年1月の56雪害で反射板が雪に埋もれて全断が発生したとのことである。その後、時期は不明だが国鉄と同様に小村峠に無線中継所を新設して反射板は廃止、撤去された。
小村峠も冬は雪に閉ざされるため障害発生時には辿り着くのに相当苦労したようである。
廃止後は新潟県の防災行政無線の無線局として活用されている。

専用道路は2011年6月の時点では途中で幅員の半分が崩落していたが、2013年9月に再度訪れたら修復されていた。



 目的地に到着。国土交通省の無線中継所の避雷針の多さが雷害対策に苦労していることがよくわかる。

鉄塔は開通当初は屋上に設置されていたが、新潟県が新たに地上に鉄塔を建てた。



米山反射板が建てられた777mピーク、今ではもう辿り着くのは不可能。
 
撮影:2011年6月、2013年9月

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2015/07/23 (Thu) 23:33
秋に横手無線中継所を見に行ったときに、NTT技術資料館のサイトに今はもう削除されたがびっしりと樹氷に覆われた横手無線中継所の写真が掲載されていたのを思い出した。実物を一目見たいということで機会を伺っていたところ、2015年3月にチャンスができたので見に行ってきました。(この時点で既におかしい)
長野電鉄の湯田中駅から志賀高原線のバスに乗り、蓮池営業所で横手山第一リフト行きのバスに乗り換える。冬季の志賀高原線はおおむね8時から16時の間、サンバレーから奥はシャトルバスとして無料で乗車できます。長野電鉄さん太っ腹やで!
シャトル区間に入ると車内がスキー板持った人で混雑してきた。その中でスキーが目的でないごついカメラ持った場違いな男一名w
湯田中駅からバスに揺られること約1時間で横手山第一リフトに到着、ここでも周りはスキーヤーだらけw
そこからリフトに乗って目的地を目指します。
 

天気は文句なしの快晴で樹氷も残っていてこれは期待できそう。
 
 

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2015/07/18 (Sat) 16:40
志賀高原の一部、標高2307mの横手山にあります。
かつてはテレビジョン中継回線の東日本ループの中継所という役割でしたが光ファイバー回線に切り替えられてからはその無線機類は撤去されて局舎と鉄塔が残っています。

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2015/07/15 (Wed) 22:54
<2015年3月9日・新規>
<2015年7月15日・写真追加>
花巻市の北、石鳥谷に位置する戸塚森山にある花巻-盛岡の反射板。
写真で説明すると右側のピークが頂上で左側の小ピークに反射板が設置されている。
 

反射板付近の展望台から撮影。E5系が東京を目指す。
写真が多いので続きがあります。

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2015/07/12 (Sun) 01:54
蟹田駅の北1km位置する観瀾山にある。蟹田から函館山の間は昭和27年の開通当時は日本はもちろん、世界でも例のない海上横断の区間であった。
SHF回線より前のUHF回線時代は蟹田からさらに北の平舘にあったが今のように道路は整備されておらず僻地のようなところだったため、この地に決めたと思われる。
現在も残る局舎と鉄塔は2代目で、初代は5階建ての細長い塔であった。当時は導波管を長くすると通信不能になる恐れがあり、長さを抑えるための措置である。恐らく製造技術がまだ無かったからと思われる。
昭和38年の夏に原因不明の火災で使用不能となり建て替えられた。この頃にはすでに導波管の問題もクリアされており平屋建ての局舎と鉄塔の組み合わせとなった。

 

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2015/07/06 (Mon) 02:10
<2010年11月10日・新規>
<2015年7月6日・写真入れ替え>
青森市と五所川原市の境に位置する源八森にある青森-蟹田の反射板。
青森-蟹田は昭和27年4月のルート新設時は反射板を使用しない区間であったが海上伝播及びフレネルゾーンが海面すれすれであった為にフェージングによる回線品質の低下が多発した。
昭和35年9月、東札ルートに組み込まれた際に7.5GHz帯・240ch容量の無線機に取り替えられたが青森-桔梗はフェージングを考慮して60chと狭帯域化した上で使用された。
しかし、このままでは回線増に対応できないことから昭和43年10月、源八森に反射板を新設してルート変更を実施すると同時に青森-函館山を960ch容量の無線機に取り替えた。
回線品質向上の為に反射板を使用しないルートに変更することはあっても、同じ目的で反射板を新設したのはこの区間のみである。
記事を書き直しているときに写真を見直していたら元々は米原-京都にあった音羽山反射板であることが判明した。

西田沢から見た源八森反射板。

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2015/07/03 (Fri) 22:49
<2010年9月11日・新規>
<2015年7月2日・写真追加>
昭和27年10月、日本初のマイクロ回線の実用化回線である青函マイクロ回線の本州側の端局として新設。青森駅の西側に6階建ての細長い局舎が建てられた。
昭和35年9月の東札ルート開通により本州側最後のビデオ中継局として本州落ちの回線と北海道に渡る回線を分ける無線局となる。
現在も残る鉄塔と局舎は2代目で国鉄末期に建て替えられた。

2010年8月撮影、この時点では青森-函館は運用中であった。左側が蟹田向け、正面を向いているのが弘前向け、アンテナの大きさが異なるのが分かる。
 

2011年2月撮影、パラボラアンテナ撤去。
 

2012年8月撮影、夕方の青森無線局。

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2015/06/28 (Sun) 22:55
青森空港の南約3kmに位置する都谷森山にある弘前-青森の反射板。

浪岡から青森空港方面へ、王余魚沢で旧道に入り浪岡ダム手前を右折、農免農道を走る。浪岡ダム手前の分岐から約4kmのところで車を止めて山登り開始。
 

途中から作業道に合流。

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2015/06/26 (Fri) 20:26
<2010年9月9日・新規>
<2015年6月26日・写真追加>
弘前駅の東側の住宅街に今でも残る。

2010年9月撮影。
 

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