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2018/04/27 (Fri) 23:41
<2012年7月24日・新規>
昭和52年12月、雲辺寺-高知開通。

到着したのは夕方。標高約1400mもあるだけにちょっと寒い。
20120723-01.jpg

探索していると何かの跡を見つけた。どうやらここにあったらしい。
20120723-03.jpg 20120723-02.jpg

<2013年11月10日・追加>
何かの跡は警察庁の無線中継所跡ではないかというとおりすがり氏のアドバイスにより再度探索。今回はあいにくの天候。
どうやらNTTの西側にあったらしいが柵の支柱が落ちていた以外は綺麗に無くなっていた。

<2018年4月27日・追加>
とおりすがり様とのコメントのやりとりで開通が昭和51年5月であったことが発覚。とおりすがり様ありがとうございました。

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無題
とおりすがり 2012/10/13(Sat)21:43:22 編集
この基礎が残るところは、現在隣りある警察庁中継所の旧中継局舎敷と鉄塔敷と思われます。私も現地に行った時にこの古い基礎が気になりました。見るところは一緒ですね。。。次のURLの写真、ファイル名から1998年当時、を見ると、基礎が残るその場所あたりに局舎と鉄塔が立っています。山頂から撮影する典型的な写真なので、鉄塔の位置関係で今も昔も同一で比較が簡単です。この写真に写っている現存しない鉄塔は昭和30-40年代に整備された警察庁の鉄塔形式に似ています。パラボラが雲辺寺山と高知方面に向いているのはいいとして、旭が丘にも向いています。で、現在の警察庁中継所の位置には何も写っていないです。確固たる証拠はないのですが、そんなことからある程度確信?しています。さて、国鉄のはどこにあったのでしょうか。。。
http://www.kawanoe.tv/144-980429kajigamori.html
Re:無題
Mr.J 2012/10/14 08:40
むむ… 警察さんの跡で間違いないようですね。
最初からやり直しかぁ。梶ヶ森の頂上付近にあったことは間違いないのですが。

とおりすがり氏と実施したら良い捜索ができそう…
無題
とおりすがり 2012/10/21(Sun)17:52:51 編集
開通前の昭和50年の航空写真なので、あまりあてにならないですが、NTTの東側にパラボラの影が2つあり、更にその東側に局舎が見えます。鉄塔の影がないのが気になります。建設途中か?
http://w3land.mlit.go.jp/Air/photo400/75/csi-75-12/c13/csi-75-12_c13_41.jpg
これでなければ、あとは現存するものが、国鉄から譲渡されたくらいしか思いつかないですね。

ありがたいお言葉をありがとうございます。家族持ちで行動力がないのですよ。
梶ヶ森には今年の春に、たまたま家族旅行で行ったのでした。
妻に「梶ヶ森山荘に泊まってみたい」と言われて、「おー、しめた」と思ったくらいです。
いつも、ブログを見ながらその行動力、現場での捜索力に敬服しています。

Re:無題
Mr.J 2012/10/25 01:49
もしかしたらその建物かもしれませんね。自分の写真や前に示されたサイトなどから分析すると譲渡された可能性は低いと考えております。
そろそろ雪が積もる所はシーズンオフに突入するので来年の春までじっくり検討することとします。
私も梶ヶ森に行ったのが今年の春、4月末です。ひょっとすると・・・
無題
とおりすがり 2018/03/26(Mon)19:48:22 編集
久しぶりです。コミケ、おっさんは足がすくんで行けませんでした。。。ま、年末でドタバタしていたこともあるのですが。

さて、情報を仕入れました。郵政省発行 日本無線局 1978年版という本を見ていて、ふと「謎の梶ヶ森」を思い出し頁を繰ってみました。ありました。KOKUTETSU KAJIGAMORI なるコールサインの無線局。

63NR004 7605MHz FX KAJIGAMORI 4500F9 0.001 KOCHI
63NR004 7645MHz FX KAJIGAMORI 4500F9 0.00025 UNPENJI

63は高知県、NRは国鉄の略、004は連番、周波数、FXは固定局、無線局名、4500MHz帯域のF9変調方式。高知対向は反射板経由なので出力が大きく1W。で、問題は所在地。

133 E 48, 33 N 43

ええっ、これは、鉢ヶ森の廃墟無線局群の位置。。。
度と分までの情報であり、秒がないのでかなり広い範囲を示していますが、あの山の中なので鉢ヶ森で間違いないでしょう。

KAJIGAMORI の無線局は警察庁、建設省、消防庁、水資源公団、電電公社、電源開発、高知県が掲載されていましたが全て所在地は 133 E 45, 33 N 45 です。これをどう理解すればよいのでしょうか。。。。

仮説1: 国鉄の中継局は鉢ヶ森にあった。名前は強引にKAJIGAMORIにしてしまった。
仮説2: 国鉄の中継局は梶ヶ森にあった。無線局申請でしくじり、郵政省も気づかなかった。

1973年時点で鉢ヶ森は電電公社のみが登録されていて他は廃局しているように読み取れました。

1975年時点の航空写真はこれ。5局あります (5局とも局舎放棄して今も廃墟になっているんだから凄い話だ。そうそうたる企業が放棄するとは思えんので何か深い理由があるに違いない)
http://mapps.gsi.go.jp/maplibSearch.do?specificationId=1077987

郵政省の無線局原簿(を打ち出したもの)だし、郵政省の技官が現地まで来て検査もするわけなので間違う可能性は低いのではなかろうかとも思います。

というわけでこれは「めざせ鉢ヶ森!」でしょうか。
無題
とおりすがり 2018/03/26(Mon)20:22:56 編集
鉢ヶ森にあったという妄想を膨らませてみました。

1962/05 時点。2局確認できる。ちょっと離れたところに今も存在する反射板が見える。
http://mapps.gsi.go.jp/maplibSearch.do?specificationId=571421

日本無線局 1962年版で存在を確認できるのは、電電公社、建設省、電源開発。

1966/10 時点。2局増加。
http://mapps.gsi.go.jp/maplibSearch.do?specificationId=408653

1975/11 時点。1局増加。
http://mapps.gsi.go.jp/maplibSearch.do?specificationId=1077988

となると、可能性が高いのは東から2つめか。
無題
とおりすがり 2018/03/26(Mon)21:22:15 編集
誤: 1973年時点で鉢ヶ森は電電公社のみが登録されていて他は廃局しているように読み取れました。

正: 1978年時点で...
めざせ鉢ヶ森!してました
Mr.J 2018/03/26 21:26
お待ちしておりました。あーなるほど、国鉄のソースが間違ってる可能性があるのですね…
2016年4月の私のツイートです。
https://twitter.com/search?l=&q=from%3AJNRSHF%20since%3A2016-04-08%20until%3A2016-04-11&src=typd
航空写真の一番東側が四国地方建設局、それと有沢無線中継所の間に所有者不明のコンクリ造りの局舎がふたつありました。
正誤
とおりすがり 2018/03/26(Mon)21:43:53 編集
誤: 4500MHz帯域
正: 4.5MHz帯域 (4500KHz帯域)

間違いばかりでスマセン。つい興奮してしまった。
無題
とおりすがり 2018/03/26(Mon)21:55:59 編集
すばやい反応、ありがとうございます。ちょっとわくわくしてきた。
無題
とおりすがり 2018/03/27(Tue)17:03:20 編集
また性懲りもなく調べてみました。。。

もう一度日本無線局 1962年版を調べたところ、当時松尾峠には電電公社と電源開発の2局のみ存在していました。建設省は私の何かの誤りでした。

まとめると、電電公社の有沢無線中継所 (無線局のコールサインもArisawaだった)の通り挟んで向かいの局は電源開発、一番東の山頂のは建設省ということが確定。
残り二つが謎ですが、形状からして (といっても明確な根拠はないがなんとなく) 電電公社から東に2つ目が国鉄だったように思えます。

もう一局は、1970年頃の日本無線局を調べないといけないのですが手近にないのでそのうち機会を見て調べてみます。
ただ、あの場所に設置するということは相手局はかなりの確率で雲辺寺なわけで、そうなるとかなり絞り込まれてきます。現在、梶ヶ森にあるもののうちのひとつである可能性もかなりあるかと。

で、放棄反射板は四国電力のものだと調べがつきました。雲辺寺-谷相-高知ルートでした。谷相には水力発電所があります。
位置情報の手がかりは Taniai と 33 40 N 133 48 E だけなのですが、恐らく電力関係のものはこの発電所だけなので、まちがいないでしょう。
2枚組なので経路特定が容易な上に、経路が南北なので見通しになる場所が限られたので楽でした。

ただ、よく調べると発電所の位置と反射板は見通しではない。
古い航空写真を見ると発電所の南側の小山の斜面に白いものが一つ見えます。
物体の形状まで特定できないのですが、この位置なら松尾峠の反射板と見通しになることから、これが反射板だとふんでいます。

無線局免許では 6GHz帯でなんと出力100Wが許可されています。普通じゃないです。ものすごい消費電力になる。普通は大きくても1W。500mWとかが普通。
フルパワーで出していたかはわかりませんが、10Wでも相当なものです。そもそもそんなに増幅できるのか疑問。機器が高価だけでなく送信管の劣化速度も速かったことでしょう。
力業で無理矢理繋げた感ありあり。

雲辺寺と繋げるのに、2ヶ所計3枚の反射板すべてで入射角が深く取れたので、しめたと思ってやったのかも (設計者になりきり)
反射板では高知まではきつかったのでしょう。(なんとか安く仕上げるため) 比較的近距離で結べる発電所があったのが幸いしたのか災いしたのか。。。
最初は大きくても数Wくらいで行けると思ったのかもしれません。予想以上に損失が大きくて難航し、仕方なく100Wの免許申請をしたのかも (妄想)。電気の無駄遣い。
許可したほうも許可したほう。6GHzで常時発射の100Wのパラボラ。さすがに健康障害が起きるかも。

いけませんね。放置は。。。でも、こうやってヘンな楽しみ方ができるわけでして。

ああ、国鉄関係から外れてしまいましたね。自分の探索熱が起動してしまいました。長々と興味ないところだったらごめんなさい。

----- 資料編 -----
Shiden は 「よんでん」の誤りか。この資料は読み間違えのまま登録されたものが結構ある。谷相対高知、高知対谷相も 100W。こちらも多段か?

周波数 局番 コールサイン 局名 帯域/形式 出力 FX=固定 相手局 備考
6580 63PE05 Shiden-taniai Taniai 8000F9 0.1 FX Umpenji, Kochi Shikoku Denryoku 33 40 N 133 48 E
6740 63PE04 Shiden-kochi kochi 8000P9 0.1 FX Taniai Shikoku Denryoku
6740 62PE02 Shiden-umpenji Umpenji 8000P9 0.1 FX Takamatsu, Taniai Shikoku Denryoku

Re:無題
Mr.J 2018/03/28 00:38
素晴らしい考察ありがとうございます。
国鉄はSHF以前に400M Hzの中継所が松尾越にあったようです。それを転用したかもしれませんね。ただそれだと400時代や電々公社は見通しがとれてるのにわざわざ反射板を新設したのかが疑問です。
似たような回線で15Wであることを考えると、さすがに100Wはゼロがひとつ多いような気がします。
http://www.hitachihyoron.com/jp/pdf/1965/04/1965_04_09.pdf

日本無線局に在日米軍の見通し外通信の記載はありますか? さすがに軍絡みは無いかな
無題
とおりすがり 2018/03/28(Wed)08:29:31 編集
日米軍関係はないですね。「日本無線局」は周波数順と地域/業種別の2種類で掲載されているのですが、周波数順を見ていると、すっぽりと抜けているところあります。

仙台トロポサイトのツイート、見ました。気になっていました。やっぱ、あれはトロポだったのだ。昭和50年代くらいまでありましたが、いつの間にか警察庁の通信所に化け、トロポの基台1基は撤去、残りの1基にはログペリが長い間載っていました。仙台-蔵王-白鷹(今は中山に変更)-山形間の中継所になっています。

「電波年鑑」なる本が昭和30年頃から白書シリーズに引き継がれるまでの間出ています。今と違ってかなり詳細に電波行政が書かれています。日米周波数委員会の折衝内容、決議内容も章だてされて独立して書かれていて、トロポのこともわずかながら書かれていました。周波数の解放、移転の話がある程度具体的にかかれています(今の電波行政に比べるとかなり情報の出し方が積極的)。記憶があやふやですが、1-2GHz前後の低い周波数帯だったと記憶しています。

昭和30年代は米軍トロポに触発されてかトロポが流行ったような記述が見られます。KDDが韓国や台湾とつなぐべく、国内で700Kmの実験をしたなどが書かれています。1317Mc、尖頭値500KW (焼き鳥ができるかな)

「100Wはゼロ一つ間違えた説」は有力ですね。そう思います。「似たような回線」の記事、ありがとうございます。はじめて見ました。楽しめます。

「電波年鑑」と「日本無線局 1962年版」は国会図書館か各地の提携図書館で読めます。
http://dl.ndl.go.jp/ja/soshin_librarylist.html
無題
とおりすがり 2018/03/28(Wed)20:11:11 編集
会社帰りにちょっと調べてきました。

電波年鑑 昭和35年版には、「合衆国軍隊はO/Hマイクロ系の設置に対し1959年12月28日、日本電気株式会社に契約を与えた」、「O/H系の設置場所、運用方法および使用周波数の計画が35年5月技術連絡部を通じて日本側に提出され、日本側はこれの検討に入っている」とありました。

で、次に郵政省から「周波数の割当原則」なるものがでていまして 1957年版を見てきました。
この中に、「J46 この周波数帯は、日本国と駐日米軍の共用周波数帯とする。」というものがあります。
今でもWebで公開されているものと同様ですが消されています。。。警察など治安関係も同様。
http://www.tele.soumu.go.jp/j/adm/freq/search/share/plan.htm

このJ46は一覧表のあちこちに出てくるのですが O/H に使われそうなものはこのあたりでしょうか。

960-1215
1300-1700
2450-3500

2450-3500 はO/Hにはちょっと苦しい気がする。
960-1215 の半分以上は TACAN や DME で使われるので、さすがにそのそばで大電力を放つとは思えません。
そうなると 1300-1700 が臭い。

で、「日本無線局 1962年版」で 1300-1700あたりをながめると、1300-1860 までガラガラです。
広大な周波数帯に実験局がわずかに10局程度承認されている程度。しかも下 (1300-1350)と上(1700前後)に偏りがあります。
1420は無線天文測位用なのでそこは空っぽなのは分かります。

で、ひょいと 1700 の更に上を見ると、ありました。。。日本電気名義で1KW局の実験局。川崎市中原区の玉川事業所と岩手束稲山。市街地で1KW炊くのは憚られたのか 400W止り。

1740 82PM01 JS8AE Tabashineyama 3500(F0/F3/F9) 1KW EX Tamagawa Nihon Denki
1762.5 82PM01 JS8AE Tabashineyama 3500(F0/F3/F9) 1KW EX Tamagawa Nihon Denki
1815 07PM01 JS2FF Kawasaki 3500(F0/F3/F9) 0.4KW EX Tabashineyama Hiraizumi Machi Nishiiwai-gun 39 01 N 141 11 E Nihon Denki

束稲山を見ると1962年はなにやら山頂が賑やかな状態になっています。その後は静けさが戻っています。
1968/10 ttp://mapps.gsi.go.jp/maplibSearch.do?specificationId=609919 (中央付近)
1967/11 ttp://mapps.gsi.go.jp/maplibSearch.do?specificationId=669273 (中央付近)
1962/09 ttp://mapps.gsi.go.jp/maplibSearch.do?specificationId=597653 (7時の方向)

はい、話がつながりました。やはり、O/H は1500-1700あたりだったのでしょう。

もしかすると置局情報を求めていたら、、、それは見つけられず。

Re:無題
Mr.J 2018/03/28 21:45
在日米軍見通し外通信回線は夏コミか冬コミの出し物として調べています。すでに無線局の位置は特定の済みで今後、千歳・三沢以外は現地へ行く方向です。
https://twitter.com/jnrshf/status/948569221037940742
英語の文章などを読んでみると2G㎐帯(まさに空白の周波数帯)で4波、1:1のルート予備方式が採用されていたようです。所定の出力が得るために送信機を2台並列していたとの記述があります。祖生〜脊振山はOHではなくマイクロで構成されていました。(航空写真にもOHのアンテナは無かったのでやはり)
北向き回線は1977年の文書には既に記述はなく米軍の撤収のタイミングで廃止されたものと思われます。(意外と早い)
本日、日本電気の社史を公開しているサイトを見つけたので時間があるときにじっくり読んでみようと思います。
玉川事業所と束稲山はここにも記述があります。
http://www2.iee.or.jp/~fms/tech_a/ahee/newsletters/pdf/n28.pdf
在日米軍見通し外通信回線を知るきっかけになったPDFです。
無題
とおりすがり 2018/03/28(Wed)22:27:58 編集
おお、ルート特定済みなのですね。

日本電気の社史、みました。まいったな。嗅ぎつけるところがおんなじで。。。あと、NECのO/HのPDF、昔読んだ記憶があります。今回調べていて思い出した。

脊振のマイクロは南峰にあって道なし斜面急峻につきまったくもって接近困難なので一応念のため。麓か山頂からの望見のみ可能。

脊振は春日基地とマイクロで結ばれそこから日田の釈迦ヶ岳経由で。。。祖生までつながっていたと記憶しています。

英文も探してみたのですが力及ばず。差し支えなければ教えて下さいませ。

あなたとは旨い酒が飲めそう
Mr.J 2018/03/28 23:06
https://www.ntia.doc.gov/files/ntia/publications/ot-trer-16_20130522120806_807892-1.pdf
http://www.dtic.mil/dtic/tr/fulltext/u2/a107303.pdf
http://www.pageengineers.com/Japan%20Tropo.aspx
http://f5len.free.fr/PDF/Tropospheric%20Radio%20Wave%20Propagation.pdf
http://www.dtic.mil/get-tr-doc/pdf?AD=ADA349828
http://www.dtic.mil/dtic/tr/fulltext/u2/a090943.pdf
ありがとうございます。興奮のるつぼ。
とおりすがり 2018/03/28(Wed)23:47:49 編集
極上のお言葉、ありがたや。
資料の山とその中身の質、それに探し出すパワーに恐れ入りました。ここまでとは。
暫く読み込むことになりそう。
訂正: 日本無線局 1978 には自衛隊のはあったがO/Hなし
とおりすがり 2018/04/02(Mon)18:07:24 編集
私が記憶違いをしていました。1962には自衛隊はなし。1978にはありました。

自衛隊の周波数は2種類あり、郵政大臣から周波数を指定され利用するもの --> 記載されない。と、通常通り免許が付与されるもの --> 記載される。
それでも開けっぴろげに結構載っていて、当時の緩さがに驚いてしまいます。

で、O/Hの件ですが、既に再編された後のようで、この前教えて貰ったような経路ではもはやなかったです。局数も増えています。1711.5 - 1813 MHzに100Wから1KW局がひしめいています。「O/H その後」というネタにはなるかも。コピーあります。必要でしたらスキャンして送ります。
Re:訂正: 日本無線局 1978 には自衛隊のはあったがO/Hなし
Mr.J 2018/04/02 22:18
コピーいただきます。助かります。
念のためですがあのルートは在日米軍のものです。
局を特定
とおりすがり 2018/04/13(Fri)21:02:51 編集
建設省と電電公社に挟まれた2局の調べがつきましたので報告です。例によってあの書物です。
------------------
日本無線局 昭和43年版

63NR04 385.6Mc Kokutetsu-matsuogoe FX Matsuogoe 133 E 48 33 N 43 460KHz F9 50W Umpenjisan
63NR04 387.2Mc Kokutetsu-matsuogoe FX Matsuogoe 133 E 48 33 N 43 460KHz F9 50W Kochi

63GP02 1971Mc Matsuo FX Matsuo 133 E 48 33 N 43 3MHz F9 0.3W Umpenji, Kochi
------------------
GPは警察庁です。警察庁のマイクロ多重回線の整備は昭和41年度に計画されていました。出所は警察年鑑昭和40年版。予定ですが、早くなることはないので41年か42年に実施。で、43年の日本無線局に収録されています。

このスレで「1975/11 時点。1局増加」と記しましたが、これが警察庁にあたります。となると西側から、
電源開発、道を挟んで電電公社、国鉄、警察庁、建設省
となります。
------------------
1966/10 時点。2局増加。
http://mapps.gsi.go.jp/maplibSearch.do?specificationId=408653

1975/11 時点。1局増加。
http://mapps.gsi.go.jp/maplibSearch.do?specificationId=1077988
------------------

あともうひとつ。日本無線局 昭和51年版 ではこのようになっています。国鉄は同じ場所で局名が「松尾越」から「梶ヶ森」になり7GHz帯へ移行。一方、警察庁は「梶ヶ森」の今の場所(正確には隣)に移っています。名称は「松尾」から「梶ヶ森第二」。できたばかりなのに何故「第二」なのかと不思議に思っていました。国鉄の件とあわせて想像すると、ひょっとして「梶ヶ森第一」は「松尾」のことやもしれません。結構乱暴な話ではありますが、そうとしか考えられず。そのスジの方々は、あのあたりをまとめて「かじがもり」だったのかもしれません。
------------------
63NR004 7605MHz FX KAJIGAMORI 133 E 48 33 N 43
63NR004 7645MHz FX KAJIGAMORI 133 E 48 33 N 43


63GP004 1963MHz GAJIGAMORI-DAINI 133 E 45 33 N 45 3MHz F9 Kochi
------------------

いやー、すっきりした。それにしても、警察庁2級線マイクロ多重新設3ヶ年計画 (39/40/41年実施)で竜王山-雲辺寺-高知ルートが建設されたのは頭に入っていたのに、話を結びつけられず情けないやら。
あ、まちがいー
とおりすがり 2018/04/13(Fri)21:09:54 編集
おかしいですね。断定できる材料が揃っていないことに書いてから気づいた。。。出直します。昭和40年/41年あたりの資料をあたります。お待ち下さいませ。もし、国鉄の設置時期が Mr.Jさんの方で分かるといいのですが。
Re:あ、まちがいー
Mr.J 2018/04/14 00:42
国鉄の400は昭和40年3月開通ですね~
在日米軍見通し外通信の周波数ですが、先日の周波数に加えて1813-1859にも割り当てがあったみたいです。規模の割には割り当てが多いような(さすがアメリカ)
局を特定 その2
とおりすがり 2018/04/16(Mon)20:28:05 編集
うらが取れました。間違いなかったです。

警察庁の二級線無線多重回線 徳島-高知-松山ルートは昭和43年3月15日開通。昭和42年度予算の執行。屋根が崩落しているのは警察庁のものでしょう。無線室と電源室が分かれているのが国鉄だと思われます。航空写真の推移とも合致します。

日本無線局の 昭和37、39、40、41、42、43、46、51、53年版の情報を集めてみました。いずれも 4月1日現在 (一部5月1日)。四国電力の反射板はここでは除外。

S37: 電電公社、電源開発の登録あり。
S39: 変化なし。
S40: 建設省と国鉄(UHF)が加わる。
S41: 変化なし。
S42: 変化なし
S43: 警察庁が加わる。
S46: 電電公社縮退、梶ヶ森との平行運用に入る。
S51: 電源開発、建設省、警察庁が抹消。いれれも梶ヶ森での登録あり。国鉄は Kokutetsu-matsuogoe から Kajigamori に局名変更。UHFからSHFに変更。所在緯度経度は松尾越のまま。
S53: 電電公社抹消(別の記事にS52まで稼働と書かれてあった)。国鉄のみ残る。

国鉄が去った52年に、ひとりぼっちになりつつも国鉄がひとり踏ん張ってあの地で7GHzの施設を設置してその後 (いつ撤去したのか知りませんが) 運用していたのでしょうか。。。予算が無かったのか。。。謎です。

電電公社の建物を含め、あの場所は私有地 (企業所有) であることが判明。恐らく他の中継施設も同様かと。
http://www.city.kami.kochi.jp/uploaded/attachment/1808.pdf のP159に記載がありました。

既知かもしれませんが梶ヶ森について調べてみました。
大豊村報のバックナンバーが昭和初期からWebで公開されているので役立ちました。
http://www.town.otoyo.kochi.jp/dl/?k=4

大豊村報の昭和42年4月28日 91号では、昭和42年度予算が記載され、道路整備として梶ヶ森のことが触れられている。
建設主体、費用負担は電電公社であるが、関連した道路整備が村としてもあるのであろう。
また、「電電公社が来年無線中継所を設置」の記事も掲載されている。「工事は本年7月から着工され、明年5月ごろに完工の予定です」とある。

大豊村報の昭和44年8月15日 107号では「梶ヶ森の山開き」が記載されている。「梶ヶ森には昨年から、日本電信電話公社の無線中継所が頂上に建設されており、
これにともなう資材運搬道路が開設され、このほどようやく完成、これにより登山者層も大幅に変化するものとみられ、今後の梶ヶ森観光と、自然保護との方途に一転機をもたらしつつあります。」
「梶ヶ森への公社道は八畝の神社を起点に約8.5キロあり公社との協定で今後3ヶ年は公社が維持管理し、その後は村に移管されることとなっています。」

昭和39年3月に国会で突かれた電電公社は急いで検討したのでしょう。といっても候補は少ない。検討、測量、地質調査、官庁への許可申請、地元との折衝、予算化などで2、3年くらいはかかるでしょうから42年から道路建設開始は早いほうだと思います。
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/046/0368/04603110368009a.html

勝手な妄想ですが、一番新しい警察庁の局舎が最初に崩落したのは安普請だったのかと。建設している42年、隣では梶ヶ森への道がせっせと作られ電電公社が移ることがきまっていたのですから。とは言っても決まった予算執行は止まらない。あまり過度に堅牢に作ってもしゃーないなと思って、安く仕上げたたのではないかと。他に比べてあまりにも見事に崩れ落ちているので。

1813-1859の件、了解です。1813-1859は、昭和53年版の日本無線局ではしれーっと前後が詰まって並んでいますが、言われてみれば 51年版は思わせぶりなスペースが半改行分空いています(笑)。1915-1923も同様です。推理小説の世界ですな。
Re:局を特定 その2
Mr.J 2018/04/21 01:37
議事録や村報を引っ張り出す調査力恐れ入ります。松尾越の一帯が企業の私有地の件は初めて知りました。
国鉄の件は鉄道通信発達史や国鉄マイクロ波回線にも松尾越で7Gを暫定運用した記録が載ってないのです。。。 暫定運用説は懐事情が悪くなりつつある国鉄にはメリットが少ないように思えます。回線が必要だからやむを得ずやったのかな? 出力的には反射板経由ですが、直接見通しがとれてるのにわざわざ反射板中継にしたのかが気になります。
決着がついた、か?
とおりすがり 2018/04/25(Wed)18:56:27 編集
記事を発掘してきました。これでようやく決着がつくかと思っています。

開通は「昭和52年12月」ではなくて、「昭和51年5月」ですな。で、無線局免許の位置は、国鉄がしくじったのか、電波監理局がしくじったのかはわかりませんが、間違いだった、ということがはっきりしました。
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鉄道通信 1976/5
P2 ニュース
高松・高知間のSHF工事完成
大電工局と四国総局の手で進められていた雲辺寺・高知間のSHF工事が完了、5月10日から4日間四国電波監理局の検査を受けた後、正式に使用を開始することになった。
この工事は、回線増と機器の老朽化、さらにこれまでの中継所の一つであった松尾越(高知県)が道路事情の悪化などで梶ヶ森へ移転したのを契機に、雲辺寺中継所-高知間のUHFをSHFにとりかえたものである。
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鉄道通信 1977/5
高知電気区の巻
「無線設備は高松、高知間UHFでしたが50年度工事によりSHFとなっています。」
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国土地理院航空写真 (1975/11/11撮影) はまさに建設途中の時期にあたります。
http://mapps.gsi.go.jp/maplibSearch.do?specificationId=1076024

となると、消去法で電電公社の北東角にあるのが国鉄だと思われます。まだ建設途中なのか、パラボラの影は写っていません。建設省、電源開発も同じく。電電公社と電源開発は鉄塔とパラボラの影あり。警察庁は鉄塔高が低いので判別つかず。

一応、証拠補強のために、無線局をあたってみました。

昭和53年4月現在の KAJIGAMORI 無線局免許は9局。
よく見ると、そのうちのいくつかは、発射周波数と対向先 (それからここには書きませんでしたが出力、帯域、電波形式) を見ると、同一無線局である可能性が高いです。

- 63GC004 Kensetsu-Kajigamori (建設省) 6640MHz (雲辺寺・高知対向), 6700MHz (早明浦対向)
- 63GK002 Mizushigen-Kajigamori(水資源開発公団) 70.32MHz, 71.82MHz, 6640MHz (雲辺寺対向), 6700MHz (早明浦対向)
- 63GG002 Shobo-Kajigamori (消防庁) 6640MHz (雲辺寺・高知対向)
# ご存じの通り、水資源開発公社と建設省は現在も昭和50年の写真でも別の局舎。周波数、対向先がかぶりまくりなのですが、どうなっているのかは謎。これはこれで謎が増えたが、ま、いいでしょう。

- 63GP004 Kajigamori-Daini (警察庁) 1963MHz

- 63LA028 Bosa-Kajigamori(高知県防災行政無線) 366.094MHz
# 現在もある???

- 63ND010 (Denden-Kajigamori 電電公社) 264.4MHz、4GHz帯x8、6GHz帯x10

この二つは同一施設の可能性高し。
- 63PE024 Dengen-Kajigamori (電源開発) 6780MHz (早明浦対向)、7685MHz(二股、雲辺寺対向)
- 63PV002 Kaihatsu-Kajigamori (開発電気) 7685MHz (二股、雲辺寺対向)

- 63NR004 Kokutetsu-Kajigamori 7605MHz(高知対向)、7645MHz (雲辺寺対向)

あと、当時の勇姿がみつかりました。
よいよい写真館様のサイトに梶ヶ森の写真がありました。1994年11月12日撮影とのこと。
http://t4141.ojaru.jp/

ttp://yama.onmitsu.jp/kajigaamori.htm
です。

掲示板で無理を承知で館主様にお願いしたところ、ご親切にも解像度の高いものをいただくことができました (館主様、ありがとうございます)。
ttp://photo4141.bbs.fc2.com/
パラボラが載っているのが分かります。国鉄仕様?かまでは判別が難しいですが、マイクロ局であることがわかります。

どうでしょう。
6年越しの解決?
Mr.J 2018/04/25 21:16
1977年12月前後の鉄道通信を見ても開通の記事が無かったのでスルーされたのかと思いきや開通時期違っていましたか… 鉄道通信は一通り見てますが見落としてました。
当初はこの辺だと思いますよだったのが、今はあらゆるところから資料を引っ張り出してこの場所でほぼ間違いない… 脱帽です。
さて、在日米軍見通し外通信ですが出力は2kw、知覧~八重岳はなんと20kwで運用していたようです。開通当初は2kw区間でも1kwパラの2kwで運用していたというのに20kwとかどうやって作っていたのか疑問ですが。
あー、すっきり。で次はOHか
とおりすがり 2018/04/25(Wed)22:12:07 編集
いやはや、かき回してしまいましたが、決着できてすっきりしました。

あの周波数で 20kwって、焼き鳥が束でできてしまうな。いや、焼きヘリも。AIPやNOTAM とかでてたのかしら。危なくて危なくてしかたない。もしかすると、この調査は闇を覗くことになるのかもしれない予感。
自己解決
Mr.J 2018/04/25 23:07
開通当初は2kW区間がVA802Bを、20kW区間がおそらくVA800を使っていたようです。その後LD952、LD659に置き換えられたと思われます。
http://www.americanradiohistory.com/Archive-Electronic-Industries/60s/Electronic-Industries-1961-11.pdf のP.156
http://sts.kahaku.go.jp/diversity/document/system/pdf/030.pdf のP.27
宇宙に向けて20kWはまだしも水平線に向けての20kWは危ない香りがしますな。だからこそ人里離れた場所に建てたのでしょうな。
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