2011/08/22 (Mon) 14:02
移動中に高く聳え立つコン柱を見つけた。
近づいてみた。コン柱というよりはコンクリートタワーだな、こりゃ。
現在コンクリートタワーは使われていないようだ。
海保と海自が共同で使用しているといったところか。
調べてみると完成は1922年、高さは130mほどで現在は設備更新により使われていないとのこと。
高さはあの石崎無線中継所よりも高い。
近づいてみた。コン柱というよりはコンクリートタワーだな、こりゃ。
現在コンクリートタワーは使われていないようだ。
海保と海自が共同で使用しているといったところか。
調べてみると完成は1922年、高さは130mほどで現在は設備更新により使われていないとのこと。
高さはあの石崎無線中継所よりも高い。
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2011/08/05 (Fri) 14:54
2011/08/03 (Wed) 08:09
昭和41年9月新設。説明は若杉山局を参照。長崎方面のSHF回線はこの無線局を経由した。
吉塚駅のすぐ側、鹿児島本線と山陽新幹線の間にあった。ベージュ色の建物の手前の空き地がそれだったようだ。廃止後すぐに取り壊されたものと思われる。
奥はデジタルマイクロの福岡局。国鉄から引き継いだSHF回線の一部を置き換えたもののそれも廃止になった。10年ほど運用?
吉塚駅のすぐ側、鹿児島本線と山陽新幹線の間にあった。ベージュ色の建物の手前の空き地がそれだったようだ。廃止後すぐに取り壊されたものと思われる。
奥はデジタルマイクロの福岡局。国鉄から引き継いだSHF回線の一部を置き換えたもののそれも廃止になった。10年ほど運用?
2011/07/28 (Thu) 08:17
昭和48年12月新設の東門第二ルートの無線局で、ここから門司と若杉山経由で博多に分岐していた。この無線局の新設で戸ノ上山反射板の若杉山向けが廃止となった。
皿倉山の南西、権現山にある。
屋上にあった鉄塔は撤去されて局舎のみが残っている。
ちょうど良い時間だったので夜景を見て山を降りた
dxtv_kitaq様の権現山(北九州)で在りし日の皿倉無線局を見ることができます。
http://www.geocities.jp/dxtv_kitaq/
通りすがり様、情報提供ありがとうございました。
皿倉山の南西、権現山にある。
屋上にあった鉄塔は撤去されて局舎のみが残っている。
ちょうど良い時間だったので夜景を見て山を降りた
dxtv_kitaq様の権現山(北九州)で在りし日の皿倉無線局を見ることができます。
http://www.geocities.jp/dxtv_kitaq/
通りすがり様、情報提供ありがとうございました。
2011/07/26 (Tue) 08:18
2011/07/09 (Sat) 13:41
国鉄は幹線ルートの構築にあたって「無線局は交換機が収容されている機器室の近くへ、山上には反射板を設置する」という考え方で建設していったが中には地形により見通しが得られずにやむなく機器室(駅構内)から離れた場所に設置する場合もあった。無線局から機器室の間はケーブルを敷設・架設して接続した。
禅定寺前山局もこれに該当し、小郡(新山口)駅の北側に位置する雨乞山にある。この無線局が東門第一ルートでは東京から見て本州最後の無線局・反射板となる。
名称は駅から見て禅定寺山の前にある山といったところか
手前が昭和30年代の幹線ルート新設時の局舎。奥は日本テレコムが新幹線の管路に敷設した光ファイバーケーブルを使って市外電話を始める際に建てられたもの。小郡から山口市街にある電話局へアプローチするためのデジタルマイクロだったらしい。
禅定寺前山局もこれに該当し、小郡(新山口)駅の北側に位置する雨乞山にある。この無線局が東門第一ルートでは東京から見て本州最後の無線局・反射板となる。
名称は駅から見て禅定寺山の前にある山といったところか
手前が昭和30年代の幹線ルート新設時の局舎。奥は日本テレコムが新幹線の管路に敷設した光ファイバーケーブルを使って市外電話を始める際に建てられたもの。小郡から山口市街にある電話局へアプローチするためのデジタルマイクロだったらしい。
2011/06/21 (Tue) 23:45
2011/06/15 (Wed) 08:30
2011/06/13 (Mon) 22:01
鳥取市街からすぐ北東に位置する本陣山の山頂にある反射板。昭和39年9月に大阪-米子回線が開通した時は豊岡向け・米子向け・鳥取向け3方向の無線中継所であった。本陣山-鳥取は12GHz・ビーム給電方式を、本陣山-米子は偏波を利用したスペースダイバーシティを採用した。いずれも国鉄初の方式であった。
昭和48年12月のルート改良により廃止されたが、鉄塔には鉢伏-鳥取間の反射板が設置された。
頂上まで舗装されており快適に歩くことができる。市街地から非常に近いため18時近くになっても散歩している人がいた。
鉄塔は46mで、当時の国鉄のSHF無線鉄塔としては最も高い。今は反射板が設置されているが無線中継所時代は米子向けのパラボラアンテナが、その約15m下にも同じく米子向けのアンテナがそれぞれ設置されていてスペースダイバーシティ受信を行っていた。上でも述べたように本陣山-米子は偏波を利用したスペースダイバーシティを採用していたので上下のアンテナで偏波が異なっており、なおかつ送受信兼用であった。
無線中継所時代の局舎。屋上左に鉄柱の切れ端みたいなものが出ているが、これに本陣山-鳥取12GHz時代の鳥取向けのアンテナが取り付けられていた。まだ残っていたとは。
ビーム給電を採用した理由は12GHzの場合、導波管が長いとそれに起因する損や歪が無視できないほどになる。それらが少ない導波管もあったが値段が高かったそうである。ビーム給電は無き電中継の一種であるが、国鉄が今まで採用してきた無き電中継との違いは片方の送受信点から反射板までの距離が数十メートルと極端に短い。本陣山の場合は局舎の屋上にアンテナを、鉄塔の頂上付近に小さい反射板を取り付けていた。フレネルゾーンがビームの様に細いところで反射させるからその様な名前がついたのであろう。
電電公社の無線中継所はNTTドコモの基地局兼FM放送の送信所となっている。
鳥取市街
昭和48年12月のルート改良により廃止されたが、鉄塔には鉢伏-鳥取間の反射板が設置された。
頂上まで舗装されており快適に歩くことができる。市街地から非常に近いため18時近くになっても散歩している人がいた。
鉄塔は46mで、当時の国鉄のSHF無線鉄塔としては最も高い。今は反射板が設置されているが無線中継所時代は米子向けのパラボラアンテナが、その約15m下にも同じく米子向けのアンテナがそれぞれ設置されていてスペースダイバーシティ受信を行っていた。上でも述べたように本陣山-米子は偏波を利用したスペースダイバーシティを採用していたので上下のアンテナで偏波が異なっており、なおかつ送受信兼用であった。
無線中継所時代の局舎。屋上左に鉄柱の切れ端みたいなものが出ているが、これに本陣山-鳥取12GHz時代の鳥取向けのアンテナが取り付けられていた。まだ残っていたとは。
ビーム給電を採用した理由は12GHzの場合、導波管が長いとそれに起因する損や歪が無視できないほどになる。それらが少ない導波管もあったが値段が高かったそうである。ビーム給電は無き電中継の一種であるが、国鉄が今まで採用してきた無き電中継との違いは片方の送受信点から反射板までの距離が数十メートルと極端に短い。本陣山の場合は局舎の屋上にアンテナを、鉄塔の頂上付近に小さい反射板を取り付けていた。フレネルゾーンがビームの様に細いところで反射させるからその様な名前がついたのであろう。
電電公社の無線中継所はNTTドコモの基地局兼FM放送の送信所となっている。
鳥取市街
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