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2014/12/05 (Fri) 00:53
昭和34年4月15日、東京-大阪間に国鉄のSHF回線が開通した。重要な都市を繋ぐSHF回線の開通は国鉄にとって大きな出来事であった。


SHF開通前
国鉄の電話回線は沿線に架設された裸線を使用した搬送に頼っていた。幹線となると電信柱にたくさんの裸線が架設されていた。いわゆる「ハエタタキ」である。
しかし、裸線は気象状態により影響を受けやすい上に台風などの災害が発生すればあちこちで断線し天候が回復してから復旧作業を行うという状態であった。この対策として例えば、東名間なら東海道本線ルートと中央本線ルート、名阪間なら東海道本線ルートと関西本線ルートという具合に別ルート化していた。
電話回線数も東阪間で12回線、東名間で9回線しかなく、電話をかけるにも交換手を通して待時記録扱という順番待ちで、待ち時間は東阪間で平均40分、最大134分、東名間で平均35分、最大117分であった。

SHF導入
このままでは業務に支障をきたすため、近代化計画の一環としてSHF回線を新設することとなった。
当初は6.7GHzの進行波管が実用化されていなかったため、函館-札幌及び門司-鳥栖で実績のある進行波管を使わないPAM-FM方式を約40chを現用2ルートの合計約80chを電電公社と同じようにマウンテントップ方式でつなぐ案があった。
進行波管の実用化に目途がつくと120chのSS-FM方式へ変更され、置局も静岡や名古屋といった途中の駅に無線局を設置して回線を分岐するという考え方に変わった為、回線数も240chに増えた。駅に無線局を置くのは保守者のことも考えてのことでもあった。
予備方式も切り替えに時間がかかるセット予備方式ではなくルート予備方式を計画していたが、郵政省が「6.7GHz帯は満杯だから無理、代わりに7.5GHz帯は多重無線用途では全く使っていないから暫くは開拓する目的で自由に使っていいよ」ということで7.5GHz・240ch・SS-FM・ルート予備方式が決定した。
導入の考え方は、
・回線容量は240ch
・年間総合信頼度は1000km・20中継で99.9%、内訳は伝播路と機器両方とも99.95%の配分とし品質は二の次とする
・主要駅に無線局を設置し回線の分岐挿入を行う
・経済的に導入する
回線数は当時の電電公社のSHF回線と比べて半分であること、長距離回線の数が少ないため回線設計がそれほどシビアでなくても良く、それによって無線局間の距離の延伸、反射板の使用により無線局を主要駅に設置が可能となり経済的に導入することができた。しかしその導入の考え方が後年の回線増強やデータ通信に不都合をきたすこととなりルート改良を実施することとなる。
予備機の運用方式は、信頼度の確保と周波数ダイバーシティ効果を狙って、1区間で周波数4波を使用し常用ルートと予備ルートを設備するルート予備方式を採用した。
回線は当初から240ch全てを使用するわけでは無く開通当初から全ての回線を使用せずに需要の伸びに応じて空き回線を割り当てることとした。
ルートと見透し図は以下の通り。

 
このルートの中でも金谷-豊橋は浜名湖を通るためにフェージングの多発が予想された。そこで昭和31年の夏に伝播試験を実施し実測値が理論値よりも低かったため上記のルートとなった。
無線機及び端局装置は日本電気製のもので、この無線機はSHF帯の増幅に使われる進行波管が広帯域に亘って増幅できる特性を利用して、増幅の他に送信局発用周波数の発振も兼ねて通常なら3本必要な進行波管を1本で済むという特徴を持っていた。
中継方式は全ての信号が端局装置を通るビデオ中継方式が東京・名古屋・大阪に、周波数変換のみを行うヘテロダイン中継方式が駒ヶ岳・金谷に、一部の信号が端局装置を通るリーク中継方式が静岡・豊橋・米原・京都にそれぞれ採用された。
電源装置は3エンジンが採用された。ディーゼルエンジン・クラッチ・フライホイール・電動機・発電機から構成され、交流を無停電で供給できるものであったが障害が多かったらしい。
昭和33年8月4日、名古屋-大阪間が先に開通した。これは進行波管の出力が1Wまでしか出なかったという事情があった。2Wの進行波管が実用化されると、昭和34年4月15日に東京-名古屋が開通して東阪間がSHFでつながった。
東名阪のSHFの開通を記念して東京・名古屋・大阪で記念式典が開催され処女通話が行われ第2ルートを使用してテレビ中継も実施された、東京側では当時の総裁も出席したという。
SHF開通後の電話回線数は東阪間で41回線、東名間で20回線となり、東阪間に関しては自動交換機の導入によりそれらの交換機に加入する電話に関しては自動即時通話が実現、自動交換機が導入されていない加入者においても回線の新設・増加により待ち時間は回線交換の時間ぐらいでかなり少なくなったという。
今まで不便だったものが一転して非常に便利になりユーザーにとってはかなり好評だったという。その一方でそのうち回線数が不足してくるのではという話もあったようである。
最初の試練は東阪間が開通したその年に伊勢湾台風が襲来、伊吹山反射板が捩れて受信レベルの低下が発生した。台風の風雨によるフェージングにより名古屋-米原間で約1時間の全断が発生したものの台風通過後は通信が回復、災害復旧作業に大いに役に立ったという。この時に豊橋で台風による停電でエンジンで稼働中であった3エンジンの不具合で全断が発生したという障害もあった。
災害に強いSHFであったが、昭和39年9月の第二室戸台風により飯盛山反射板が倒されて全断するという事象が発生、反射板が復旧までの間を移動式の中継機でしのいだ。
進行波管8W76の寿命の短さに悩まされた。中には2日しか持たないものもあり1ヶ月で23本も取り替えた月もあったという。この問題に関してはメーカーの努力により解決され、昭和38年には1万時間にまで伸びた。
ある年に、駒ケ岳無線局で火災が発生し回線の全断が発生した。進行波管の電極が短絡状態となり進行波管の電源装置から火災が発生し無事であった方の電源装置にも飛び火したのが原因であった。同じ進行波管は電電公社に数百本出荷される予定であったため日本電気は急遽対策を施すことになった。

高層ビルとSHF回線
昭和36年5月、二川-豊橋の伝播路が豊橋駅西側にある百貨店の増築により支障することが判明したため鉄塔の嵩上げとアンテナの位置変更を実施したが、昭和41年9月にも同じ百貨店の増築により再度支障するため鉄塔の嵩上げとアンテナの位置変更を行った。今回の支障移転では現行の直径3mのアンテナを使用すると鉄塔の強度が不足するため直径1.8mのアンテナを使用した。アンテナを小さくすると利得が減少するため受信機にトンネルダイオードアンプを取り付けてその分を補った。
同じく昭和41年9月、東京-駒ケ岳の伝播路が高層ビルにより支障するため東札・東潟ルートの東京-筑波と共に東京タワーへ移転した。この時に無線機は進行波管を除いて固体化されたものが、電源装置は整流器・蓄電池と静止化され、さらにビデオコンバイナーという1ルートと2ルートの無線機それぞれから出力されたビデオ信号を合成して回線品質を改善する装置が導入された。1ルートと2ルートのアンテナは10m上下方向に離されて設置されているのでスペースダイバーシティ効果が少なからずはあったと思われる。

東海道新幹線とSHF回線
昭和39年に開通した東海道新幹線の通信回線は沿線に敷設された細心同軸ケーブルに収容されていたが障害発生時に備えてCTC・CSCなどの重要回線を迂回としてSHF回線に収容した。

増強・ルート改良
昭和30年代の終わりになると空き回線を使い切ってもまだ足りない状況に加えて、データ通信回線が開通当初はテレタイプ用途の50bpsだったのがオンライン処理を行うコンピューターシステムの導入で200bps、1000bpsと向上し今後も高速化が見込まれることから高品質な回線が必要になってきたこと、将来開業する山陽新幹線で回線が必要になるため回線品質の向上と回線数の増強が検討された。
国鉄のSHF回線の信頼度の中でも伝播路の99.95%は電話を主体としたものであった。時間に換算すれば20中継全体で年間約4.4時間、月間21.9分、1区間なら年間約13.1分、月間で約1.1分まで回線断が許容される。20中継の中でも比較的安定した区間もあることから悪い区間があっても全体でカバーすることができた。
今回、改良にするにあたりCCIRの勧告に基づいて、1000km・20中継でフェージング最繁月における伝播路の信頼度は99.99%という目標を定めた。時間に換算すれば約4.3分、1区間あたり約13秒となる。厳しくなったのはいうまでもない。
この目標を現用回線に当てはめた場合、静岡-金谷以外は何かしらの改良を要するという結果が出てしまった。反射板使用による伝播損失の増大と無線局間の距離を長くしすぎたのが原因と考えられ、電電公社が無線局間の距離を50kmを標準としていたのも頷ける。


このうち国鉄のSHF回線でもフェージング多発区間の上位に入る金谷-豊橋を含む金谷-二川反射板-豊橋-本宮山反射板-名古屋-伊吹山反射板-米原-音羽山反射板-京都-飯盛山反射板-大阪を金谷-本宮山-名古屋-石榑-岩間-大阪と反射板を使わないルートに変更する計画を立てた。
一方で機器の方は東京タワーで導入された半固体化された無線機に取り替えるので信頼度の向上は見込まれるが、全断原因の半分は3エンジンにあるので電源を静止化する必要がある。しかし、ヘテロダイン中継の無線局のように無線機しか無い場合は静止化は容易だが、回線の分岐・挿入があるビデオ中継やリーク中継の無線局は端局装置も同時に固体化しなければならない。しかしそこまで手が回らないので今回は駒ケ岳と金谷の3エンジンをディーゼル発電機に取り替え、残りは端局装置の取り替えに合わせて順次施工することとした。
工事は昭和41年から他の幹線系に先駆けて開始された。
昭和42年10月、本宮山無線局が新設、金谷-本宮山-名古屋へ変更となり金谷-二川反射板-豊橋-本宮山反射板-名古屋は廃止された。なお、本宮山-名古屋は若干フェージングマージンが不足するためスペースダイバーシティ受信の準備工事として本宮山無線局の1ルートと2ルートのアンテナは15m上下方向に離されて設置された。廃止された二川反射板は高松-雲辺寺の八島反射板と雲辺寺-西条の後跡山反射板に、本宮山反射板は西条-松山の堂ヶ森反射板に転用された。
昭和43年3月、比叡無線局が新設、米原-比叡-大阪へ変更となり米原-音羽山反射板-京都は廃止、京都-飯盛山反射板-大阪は支線系へ転用となった。当初計画と異なるなのは予算の都合である。
昭和43年5月から9月にかけて無線機の取り替えを実施、進行波管を除き固体化され容量は960chとなった。東京タワーの無線機は960chに改修された。この時に駒ケ岳無線局と金谷無線局の3エンジンはディーゼル発電機に取り替えられた。さらに、静岡無線局は回線の分岐・挿入が増加する為ビデオ中継化された。
昭和43年9月、一連の工事の締めくくりとして端局装置の増強が行われ既設のものと含めて600chとなった。増強分は全固体化されたものが採用された。
昭和43年10月、ダイヤ改正に伴い600回線に増強された。
改良後のルートと見透し図は以下のとおり。


 
↑進行波管LD-812(実物が残ってたとは(^_^;))

真空管の無線機と比較すると、MTBFは約500時間から約10000時間に伸びて、消費電力は200V・1KVAから24V・300Wに減少した。まさに半導体様様である。進行波管はLD-812に変わり平均寿命は36500時間に伸びた。
今回の工事で改良されずに残った東京-静岡と名古屋-米原は、前者が駒ケ岳と静岡をスペースダイバーシティ受信で対処し、後者は大野木か伊吹山に無線局を新設することとした。
昭和46年7月、600回線から960回線に増強された。
質・量共に山陽新幹線の開業に伴う収容回線の増加やデータ通信に対応した回線へと変貌を遂げたが、一方で東京-静岡・名古屋-米原の改良は実施されなかったらしく国鉄の懐事情の悪さが伺える。
その後、端局装置などの固体化の進捗に応じて3エンジンの取替が実施され、昭和56年12月の米原無線局の敦賀-米原の無線機取替により3エンジンの取替は完了した。

分割・民営化とSHF回線の終焉
昭和62年4月、分割・民営化によりSHF回線は鉄道通信へ継承され、後に日本テレコムと合併した。日本テレコムや旅客会社は光通信などの有線の回線の整備を推し進めて高品質で安定した回線を手に入れた結果、SHF回線に頼る必要は薄れた。
平成4年に東京-静岡及び名古屋-大阪が廃止された。その後は静岡-名古屋が恐らくバックアップとして残っていたが、機器自体が古くて維持するのが困難になったためか平成24年の初めぐらいに同区間も廃止となった。

ダラダラと入力している内に9月か10月ぐらいに最後の旧国鉄SHF回線であった国立-三つ峠が遂に廃止、青函マイクロの開通から62年、ひっそりと幕を下ろしました。
参考
・国鉄マイクロ波回線 ・鉄道通信1959-5 ・鉄道通信1959-6 ・鉄道通信1960-9
・鉄道通信1965-10 ・鉄道通信1967-4 ・鉄道通信1968-9 ・鉄道通信1968-11
・鉄道通信1973-3 ・鉄道通信1979-4 ・私の技術者人生 森田正典
ルート地図:あにねこ氏のWeb地図を利用したGPSログ表示を使用
見透し図:ダン杉本氏のカシミール3Dを使用

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とおりすがり 2015/03/11(Wed)17:25:45 編集
ワクワクして読みましたよ。ありがとうございます。黎明期から終焉に至るまでの大絵巻物ですわ。初期および最盛期に携わった方々はご高齢か、すでに鬼籍に入られている勘定になりますが、単なる史実にとどまらず彼らの情熱が行間に再現されていて、さぞ喜ばれることでしょう。時代の流れの中で消えていく技術への愛おしみと、それに打ち込んだ方々への敬意がとても感じられます。きちんと記録を残された当時の方も素晴らしい。仕事をやっている自分を振り返ると、そんなところまで気が回ってないですから。
Re:無題
Mr.J 2015/03/11 23:19
ありがとうございます! 光栄です!
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